剣の先に映るもの:終章



終章 裏山から家への帰路途中、僕はどうしても済ませなければならない用事があったので二人と別れた。
目指す先はさっきの裏山。
一歩一歩進むたびにどこか普通の空気とは異質なものが伝わってくる。
それは懐かしくて忌まわしい匂い。
枯朝さんに僕はいった。
『過去に縛られるな』と。
だから僕も過去にいつまでも縛られないで立ち向かうことにする。
運命などというものは変えることができる。
人のカで無限の可能性を生み出すことが出来る。
そう信じたい。
目的地に着く前、何も無い場所で僕は唐突に歩みを止めた。
裏山まで行く必要はなかったようだ。
わざわざ向こうから出向いてきてくれるとは……。
「久しぶりだな、光」
「叔父さん……」
「今までずっと探してたのよ」
「叔母さん……」
そこにいたのは僕の叔父と叔母だった。
「今までのは全てこのためだったのですか?」
僕はそう問う。
僕が言っている全て。
それは咲夜ちゃんの誘拐事件すべてのことだ。
「そのとおりよ。光、いつ気づいたの?」
「咲夜ちゃんが誘拐されたときにもしかしてと思いました。それが確信に変わったのは裏山で黒服の男達と相対したときです」
僕がこの二人の存在に気づいたのは白鳥家を出てからだった。
人はある一定の物事について他者より優れている傾向がある。
例えば家の中で足音がした時、もしくは誰かの気配がした時、それが家族のものかどうか確かめないでもわかる時がないだろうか?
好む好まないに限らずに慣れ親しんだ環境内で起こる現象に対する反応は他の感覚より突出している。
僕にとっては昔から塔馬家にいたためか、塔馬家のものの気配を感じることが出来た。
今まで僕が塔馬家の圧倒的な支配がある日本全国を旅しながら、塔馬家にゆかりのあるものに一度も気づかれなかったのはそうして気配を探って危険を回避してきたからだ。
しかし、今回気づかなかったのは白鳥家にいたためだ。
あの時は篠さんの持つ気配が圧倒的過ぎて他の気配が脆弱で気にすることが難しかったのだ。
そのため、なんとかどこか近くにいることはわかったものの、正確な場所は察知できず、咲夜ちゃんがなにより心配だったから気にせず行動した。
そして不良たちと相対してみると、全員が持っている得物が刀だった。
本物の刀というものは剣道とかで使う竹刀とはわけが違う。
構造や、刃筋の難しさなど多くの点で異なるが、何より重量が圧倒的すぎるのだ。
重さで考えると大学生以上が使う普通の規格の竹刀を同時に4〜5本振るくらいの重量がある。
それを黒服の男達はしっかりと扱えていた。
加えて彼らの剣の腕は一流で、体捌きから刀の扱い方までが正規の訓練を受けたものであることを物語っていた。
さらにいうならば手紙に僕の名前がしたためてあったこと自体がどうかんがえてもおかしい。
僕は始めて枯朝さんに会ったときには、全く不良連中とかかわってなどいないし、第一僕の名前を知っているわけがない。
それらの考えを総合すると、この考えに行き着く。
すなわち――塔馬光を呼び出すために白鳥咲夜を誘拐した。
「素晴らしい。よく気づいたね」
僕が自分の考えを披露すると、叔父は出来の良い弟子を褒めるかのような笑いをうかべて拍手をした。
「やっぱり光は次の塔馬家の当主に相応しいね。早く塔馬家に戻ろう」
こうなるとは思ってはいた。
以前の僕ならここで従うか、逃げていただろう。
でも今は違う。
僕の答えは決まっている。
「断る」
「なんだと……」
僕がきっぱりそう答えると、いつもと違う僕の様子に多少面食らったのか、叔父が気色ばむ。
無意識のうちに叔父は腰にかけた剣に手を伸ばす。
しかし、瞬間それを叔母が手で制した。
「やはり断るだろうとはおもっていたわ。……いつもの貴方なら逃げるか何かするとは思っていたのだけれど……。でも、貴方にはどうしても戻って欲しいのよ。塔馬の血筋は落日の剣を見るものではないのよ。貴方ならそれが立て直せる。だから……断るということはこちらとしても乱暴な手を使うしかないのだけど」
言うが遠いか、目に留まらぬ遠さで僕の後ろに回りこむと首筋に手刀を振り下ろそうとする。
しかし、寸前でその手を止め、後方に大きく跳躍して間を開ける。
叔母の手の先には傭前長船の輝く白刃が待っていたからだ。
「もう貴方たちのいいなりにはならない。たとえ塔馬家が落日の剣となろうとも、僕は僕の望みのままに生きる」
もう迷いはしない。
僕も枯朝さんと同じように迷っていたのだ。
行くべき道もずっと前からあった。
ただそこに塔馬家という名の鎖が張り逃らされていただけだ。
その鎖は自分の心が弱かったから、どこかに迷う心があったから砕くことが出来なかった。
でも、今ならそれを砕ける。
「止められるものなら止めてみてください」
僕がそう宣言すると、叔父と叔母は大きく距離をとって真剣を構えた。
「……これが僕の剣の先に見えたものだ」
三者の影が紅い空の下で交錯した。
後日談……
あの事件から十数日がたった。
あの事件の後、白鳥家に帰ってきた僕を見たときに咲夜ちゃんとかは失神しそうになったんだっけ。
たしかにあの時は白鳥家の人には言えないような出来事によって全身刀傷だらけで血まみれだったからな……。
はは……よく生きていたものだと思う。
今では傷はほとんど治りかけている。
人様より治癒能力が高いのが幸いした。
あの出来事の後僕が意識を取り戻したのは、帰り道を歩いているところだった。
僕は時々戦いの時全ての意識を飛ばしてしまうことがある。
祖父が言うには余計な感情を極限まで捨てている、剣豪の戦い方の境地らしい。
そのためあの戦いの勝敗がどちらに上がったかは覚えていないのだが、おそらく僕がこうして生きているということは僕が勝ったに違いない。
叔父と叔母の行方は全く分からないが、あの二人のことだから死ぬことはないと思う。
そういえば篠さんがあの剣――郷義弘さんの名刀――を手に入れた経緯を聞いてみたところ、祖父から譲り受けたという。
あの日、祖父と戦った後に枯朝さんの話をしたらしく、いつか必要になるだろうといってただでもらったらしい。
本当に祖父はお金に無頓着な人だからなぁ……
そして今、僕は何をしているのかというと
「ほら光! 早く防具つけやがれ!」
枯朝さんから大声で催促の声が飛ぶ。
ここは白鳥家の道場。
そして今僕が防具をつけているのは枯朝さんとの試合をするためだ。
「本当にやるんですか?」
僕は不満そうな声を上げる。
内心は枯朝さんと戦うことができるので高揚しているのだが、先日の戦いもあって少々疲れていたからだ。
「当然だろう? 妹につく悪い虫から守らねえとな」
「まだ言ってる……」
僕は苦笑しながら、面をつけて紐でしばり、篭手をしっかりとつけると立ち上がる。
『着替え終わった〜?』
丁度よいタイミングで外から呑気な声がしたので、「いいよ」と声をかける。
がらっと道場のドアが開き、一例をしてから敷居を跨いで咲夜ちゃんが入ってくる。
ちょこちょこと歩きながら道場の真ん中付近に立った。
何故かその手には相撲の時行司が使う軍配を持っている。
……何か勘違いしてないかな?
「それじゃあ、お互いに礼っ!!」
咲夜ちゃんの言葉に相手を見据えたまま礼をする。
顔を上げて前に進み出ると、足をまげて腰を下ろし、正眼に竹刀を構える。
「手加減しませんよ」
「望むところだ」
お互い面越しに不敵に笑いあう。
「始め!」